数独ハイ。

連休前から数独にハマっている。
元々は上海やズーキーパーなどから始まり、今では数独ばかりやっている。
ルールが面倒そうなため、初めは躊躇していたがiPhone様々だ。
ほぼiPhoneは数独マシンと化していて、数独をやり過ぎてゲシュタルト崩壊を始めたときや数字がなんだかわからなくなるくらいやっているとき以外数独。
極々たまにズーキーパーもやるけどレベル9位でダメになるので進化が感じられないからズーキーパーはそこまではやらない。
時折2ちゃんを見たりするととんでもなく新鮮に感じる。
丁度、数独をやっている時のトランス感はピンホールをやっている時に似ている。
こんなこと何になるんだ?
と思う位意味の無いことだが、頭が冴えてきたり、タイムが縮まったり、あと考えかたの転換や、展開の読みなどがなんとも企画をしている時のように面白い。
企画自体はやたら深堀をしたりお客様のイメージする成功を形にしたり色々展開を考える必要があるので息の長い長考になる。
対して数独は予定調和の答えのある数式みたいな一枚の世界だから遊びとして楽しめる。
また企画は依頼相手がいないとスタートできない部分もあるし、関わる人をみんな幸せにしたいという気持ちと、依頼されたからにはプロジェクトを成功させる必要がある。
僕は依頼されて期待され対価がでる以上プロだからそれらの思いに応える義務がある。
多分時間が無い中でぶれないのは、尋常でないプレッシャーだし、とてもヘビーなことだ。
(仕事だからヘビーで当たり前)
でも数独は軽い。
数学のえげつない問題に近いけど、受験関係ないから普通に楽しい。
(Z会の高校時代の数学やチャート式は3日掛けて解いたりパズル的で楽しかった。数独と同じ匂いがする。)
物事には向き不向きがあるが、気軽に付き合えるイイおもちゃがてに入ったということだろう。
いま、中々ハッピーな気分だ。

Su-ohさん出展SICF13に行ってきました。

久々の青山、表参道のスパイラルホール。
今日はSu-ohさんが出展しているスパイラル・インディペンデント・クリエーターズ・フェスティバル
略してSICF13を下村さんと宗正さんと佐藤で見に行ってきました。
さまざまなジャンルの作家さん100組が参加する展覧会でSu-ohさんもNo.4のブースで展示していました。
佐藤の個人的な印象ではカマキリがキラッと光ってカッコよかったです!
(あと写真の亀さんもイイ泳ぎをしていました。)
Su-ohさんは展示方法をどこかの展覧会からか最近変えたそうで、壁に映る色とりどりの影がなんだか幻想的で良い感じでした。
(光が当たるとまた感じが変わりますね)
ちなみに、来週のデザインフェスタにもSu-ohさんは展示するそうなのでSu-ohさんの作品に興味がある方はお台場のビッグサイトに出掛けてみては?と思います。
(おそらく、デザインフェスタ内の暗いゾーンにブースがあると思います!)
ではではまた!(^-^)/

池袋 東京アンダーグラウンド ラーメン 特製つけ麺

池袋に来たので新規開拓。

東京アンダーグラウンドラーメン 頑者に寄ってみた。
つけ麺というより「うどん」です。

讃岐に近い新種のうどん。
うどんも麺だし、ツケだれにつけるからつけ麺だし…
しかしなんだか解せない感たっぷり。
ツケだれは二代目つじ田といった感じ。

うどんとしては、まあまあだけど、1000円するかと言われるといささか疑問…

草枕の画工に思う

夏目漱石の「草枕」
主人公の画工は絵を描くことを仕事としながら
最後まで筆を取ろうととしない。
中学だか高校のやりたい盛りに読んだとき、
その煮え切らない状態に憤りさえ覚えた記憶がある。
が、今ならなんだか話が合うというか、
描けないでいる気持ちにも理解できるようになれた。
どちらかというと、あの画工はモデルが気分になるのを
したたかに手ぐすね引いて待っていたんだろう。
それは作為的な行いではなく、習慣的にかつ動物的感覚で獲物を取りに行くような習性的な感覚…。
そこに関しては僕とは少し違うかなとも。
どちらにせよ絵なんて描けと言われて生産的に描いてくものじゃないし、美術の時間が毎週有るわけでない学生以外のポジションの人になると絵を描く理由やタイミングのようなものを失うことが多いようで。
プロの絵描きなら、描いていない間は失業であり充電期間であり構想期間であり、とにかく難しい問題に直面するわけで。
画工に関しては「萌え」のポイントこそ押さえてあったが、絵のプロとしての生活感が希薄で漱石の旅行を見てるようでつまらなかった。
(小説家の日常に興味はない。)
草枕の画工は画商に売り込みに行くなり、個展を開くなりするのだろうか、絵描きが主人公の旅先での物語ということで、その絵描きという魔術的な響きを持つ存在の生活を垣間見るようで非常に興味深かったのだけど、夏目漱石はあまりその題材を料理しつくせなかったように思う。
もしくはそういうディテールを隠してモヤモヤさせるのも計画の内か?
生活感の無い人たちの生活部分をもう少し見せて欲しかったところもある。

蓄積が求められるわけだ。

ヤバい状況を喉元過ぎればなんとやら…
な〜んて考えていると更にヤバい感じになるっすよね。
ベストプラクティス的なものっては、自分の真剣な立ち回りの末に出来るものだなと常々思う今日この頃。
(たとえ誰かの真似だとしても、真剣に真似れば身に付きますね)
一事が万事ってのも有るし
ウマイことやる人はどんどん良い経験が積み上げが増えてく。
(でも、若いうちの経験は買ってでも…ってのはウソで、好きなことで経験を積む方が後で重宝されます。)
良い悪いを別にして、自分の歩んだ道、色々な出来事に学ばない人は経験が蓄積しません。
だから、面白いように、また同じようなことになる訳で。
(このサイクルは、かなりの脱出スピードで飛び出さないと抜けられないうえ、脱出後に自分の癖的に元に戻る可能性がかなり高いから困りもの。喫煙者の禁煙の取り組みに近いのかも。)
抜け出る方法は外圧に寄るところが大きい。
(パートナーの働きかけとかね)
この年齢になると経験が求められる、つまりは少なくともヤバくならない方法を求められる。
いまは企画屋としては、そういう蓄積のさらに「質」と「アイデア」の部分で勝負をしている訳で、自分を磨くことにもうちょっとアタマと時間を割きたいなと思ってみた次第。
おぉっと、これこそ一事が万事かな?
気づけば金曜日。
時間は決まって進んでいく。

好みの連鎖

美味しいものについて話すのが好きな人は、旅行好きなようだ。
Google+での話しだけど「#ごちそうフォト」に参加してる人は旅行者が多い。
旅先の楽しみと言えば確かにご当地の食事だしね。
あと、能動的に美味しいものを探す人は出歩くということかもしれない。

iPhoneを家におき忘れて快適。

ウィルコム端末だけをポケットに出社。
僕は基本的に電話とメールができれば良いようで。
iPhoneは買ってみたものの、楽しく使っているのだけど、
ちょっと身近に在りすぎて、しかもクリエイティブではない
という厄介な存在なんでちょっと持て余し気味。
iPhoneで良いのは地図とカメラと時刻表(これは紙の時刻表の方が幾らか良い面もある)
Google+やFacebookも有るがあれは、楽しい人と時間共有ができないとかなり不毛なものになる。
ウィルコム端末にもう少し素敵なカメラが付けば何の問題もない。
iPhoneが持っている電話機能は使ってないし、メーラーがあまり素敵じゃないからなんとなくiPhoneは付き合い辛い感じがする。
その分iPadは良い。
新しいiPadが軽くなかったのと変な名前なのは残念だが、それでも、進化は続いているようだし、今度自分で買うならiPadなんだろうなと思う訳だ。

iPhoneを家におき忘れて快適。

ウィルコム端末だけをポケットに出社。
僕は基本的に電話とメールができれば良いようで。
iPhoneは買ってみたものの、楽しく使っているのだけど、
ちょっと身近に在りすぎて、しかもクリエイティブではない
という厄介な存在なんでちょっと持て余し気味。
iPhoneで良いのは地図とカメラと時刻表(これは紙の時刻表の方が幾らか良い面もある)
Google+やFacebookも有るがあれは、楽しい人と時間共有ができないとかなり不毛なものになる。
ウィルコム端末にもう少し素敵なカメラが付けば何の問題もない。
iPhoneが持っている電話機能は使ってないし、メーラーがあまり素敵じゃないからなんとなくiPhoneは付き合い辛い感じがする。
その分iPadは良い。
新しいiPadが軽くなかったのと変な名前なのは残念だが、それでも、進化は続いているようだし、今度自分で買うならiPadなんだろうなと思う訳だ。

旅から帰って

洗濯やらお土産やら色々対応をしつつ
爆発しそうな問題の情報を収集対応。
つまり、日常に戻りつつ有る訳だ。
しかし、得るものは大きかった。
それらは忘れないでおきたいこととしていま心にあるので、なくなる前に書留ておく。
・僕は時間通りに的確に行動できる。
・色々なことに対応をしていくうえで、身の回りに有る要素は少なくても構わない。
 もちろん、何も無くては対応すらできないし、荷物が多ければ必要なときに跳べない。
・一台乗り遅れた列車は10倍払っても追い越せない。
(追い越せる場合は非常にツイテいる。)
というところだ。
写真を撮ることやウマイものを食べに行く、友達に会いに行くなど目的は色々有ったのだが、副産物的によい手応えあるものが見つかったように思う。