ラーメン、斑鳩

新小岩からの帰り道、神田神保町の二郎に寄るはずで御茶ノ水駅を降りる。
生憎二郎は営業しておらず、飯田橋の大正軒へ行こうか?と歩を進める。
何かこう、体に悪いようなパンチの効いた食べ物が欲しかった。
新宿やすべえの大盛りもありかと思ったがまぁ歩くのも楽しいし、御茶ノ水に戻るのはどうかとも思えた。
で、道すがら見つけたのが斑鳩だった。
九段から飯田橋に抜けるちょうどのところ。
今の会社の同僚が会社の自転車を借りてまで昼メシに行ったという「いかるが」だ。
特性ラーメンを大盛りで。
正直のところ二郎や大正軒の代わりを求めていた身としてはパンチがない、本格らぁめん末廣の八丁味噌の方がよかったかなーとも。
斑鳩の麺は優しいラーメンが食べたい時にイイのだろう。
豚由来のコラーゲンの中に魚の舌ざわり、固さも程良いチャーシューに優しげな丸麺。
だが、味は好みの別れるところ、それ以外に斑鳩の良さが食事中に見られたので書いておこう。
特筆すべきは何より店の雰囲気と店員の佇まいではないかと言うところ。
美味いラーメン屋の店員は2号店など暖簾分けが進むにつれ粗悪化する傾向があり、またぃかにレシピが同じでも味に狂いが出てきたりする。
面白いことにラーメンではそれが顕著で店員同士のお喋りが多い店は味も凡庸になってくる。
その点斑鳩の店員は態度がよく、満腹ごの退店までの時間も好印象で満足行くものだった。
高級店のサービスや会話による満足感に近いものがあった。ラーメンなどを食べに行くのは喋りに行きたいワケではないのだから、無言のサービスと挨拶が徹底されてる斑鳩は中々考えられた店かもしれない。
しかし、満たされないパンチを欲する気持ちが仕事場に寄ったあと、らすた麺辺りに誘うのではと不安に。
もう少しヘルシーな生活にシフトしなくてはとココロの叫び。

桜えび探訪

あいにくの小雨のなか、
浜松駅で新幹線でトーキョーへ戻る友達と別れ
一路由比へと向かう。
みんな奥さんが家で待ってたり
年をとったのか、新しいことに興味がなくなった様子でいた。
そして電車は掛川を越え興津へ向かう。
もしかして一人行動になるかもと思って持ってきた石田いらの小説が役にたった。
時折ながめる車窓には、静岡ならではののんびりとした緑の平野が広がる。
トライアスロン部の面々とはやはりどこか合わないところがあり、ちょうどいいバラけるタイミングだったのかもしれない。
シートに座る女の子たちの声もどこかトーキョーと違う響き。
せっかくの遠出だ、いつもとは違う窓の外を流れ行く姿を、駅舎の様子や昼寝の時間をしばし楽しむとしよう。
桜えびはどんなだろう。
散歩と味は旅を楽しくさせる。小雨はあがりさうな雰囲気、夏が近付いてくるようだ。

連休はネコム。

昨日今日と調子が悪い。
休み初日に美味い肉を食べ、気力体力ともに調子は好調なはずが、
帰り道にカメラで街を撮ってた時に寒かったのが悪かったのか、
窓を開けて寝てたのが悪かったのか、喉の風邪になってしまった。
ダイエットも予定もキャンセルで今だらだら中。昨晩さらに
チョロチョロ手を動かしていたら、更に調子悪化。
orz
明日にはなおっているとイイなぁ。
一人で家に篭るのは僕は余り好きじゃないんでね。
そういや、豊洲からベンゼンが一杯出土しちゃって築地の移転が怪しいらしいね。
日本の食を支える重要な場所だし、きっちり事が運ぶといいなぁーって思います。
築地拡張は、食の需要が高まるにつれ、必須になってく話らしいだが、
東京は土地がないし大変だー
や、それより早く体調なおすだべ。

柔らかな芽生えをみまもる。

花が咲きほこる様をみるのはなかなか楽しいものだが、
つぼみの様を見るのも自然を眺めるなかで一つの楽しみと言えるのではないだろうか?
可愛い玉のような芽を見つけたり、
柔らかなつぼみを見つめる。
やがてくる時間を予感しながら、
その時間がどんなにか華やかなものかを思いながら、
そうやって過ごす時間も中々良いものだと思う。
アメリカの映画の話、壁紙にはバラのつぼみを。
いずれ咲くそのつぼみをながめ、楽しむのだそうだ。
そう、つぼみの様は洋の東西をこえて、期待のアイコンと言うような
そんな存在になっているのではないか。
新しい時間を充実させる何かが、そこにはたくさん詰まっているのではないか。
ひとには、その開花を予感する楽しみ、
希望を持つ余地がある。
希望は、現実として、
つぼみが大きな花へ姿を変えるように、
困難があっても、大輪の花として世に咲く。
そういう時間がやってくると良いものだ。

花は色々あれどこの春は一つ。

派手さの無い、しかし、輝く様。
咲き方もいろいろと言う事か?

煙たつような、春を謳歌する。
気持ちの出し方を見習わなければとも思う。

桜は良いね。
ぱっと可愛く花開く姿、
チラチラハラハラと散る様も、
和やかな桜色も。
なかなか、こうは行かないものだとおもう。

桜にも並ぶ美しさだが、散り際がよくないように思う。
朽ちる様、そこにも美学があるのだろう。
日本人の美というのは、中々辛口だと思う。

緑と花の色のコントラスト。
この季節のカラーバランスは絶妙だ。
気分を高揚させるだけでなく、
すこしフレッシュな気にさせられる。

都会にも春はある。

菜の花が好きで、小さい頃、マンションのベランダで良く眺めた。
モンシロチョウなどが飛んできてとまり、
春を思わせる陽気な時間を過ごしたものだ。

意外にも、都会のど真ん中にもそんな春の日差しと
柔らかな芽吹きがあり、それら咲き誇る春を僕らはそこかしこで目にしてきた。

奇麗な花をみて、はちが踊る姿を見て、モンシロチョウの浮かれる様子を見て
僕らは春を知るのだろう。
気分の良くなるような陽気が、もっともっと続くと良いと思う。
春は中々良いものだ。

フレッシュマン、花を咲かせたのだろうか。

サラリーマン1年生の皆様、そろそろひと月が経とうとしているがいかがお過ごしだろうか?
実り多き一年になるものともうが、着実に進む事をお進めする。
当方は、どのような1年目を過ごしたか、もうすでにおぼろげだ。
ただ、どんな日々になろうとも、
気の利いたものではなかったとしても、スタートが切れたのならそれで良いではないかとも思う。
まだまだ1年目、そんなに悩む事はまだまだないのだから。

デジタルからスピード

デジタルに移行してよかった事は?
Macintoshを使ってよかった事は?
何でも表現できるようになった気がする。
何か急に忙しくなった。
何でも自分でやらなくてはならなくなった。
そうか。
便利と言うのは脆くて面倒くさいものだな。
便利やテクノロジーの先は意外と閑散としていて
ささくれ立っている。
ものを懐かしむ時間もない。
仕方ない、その分何か少しだけ気分よくなるものを置いておこうか。
2007年夏、山形駅前に降り立つ。