昨年を振り返る。

昨年を振り返る。

●大晦日
年末のデパート買い出しはベストではなくベターな状態だったけれど、全然ダメというわけでもなく、比較的よい状況だったので、よい結果だったのではないかと思う。

大義を逸したからといって、全体を見失うことはない。そういう意味では、大人になったのかなぁと思う。

●写真
おそらく昨年は写真を1万枚に届かないくらいにしか撮っていないようにも思う。
これは今調べていないので雑感のレベルだけれど、だいたい1万5千枚を上回るくらい毎年撮っていた自分からすると、ちょっとどうした?という感じだけれど、シャッター切れば良いってだけではなくて、少し気を回すようになったのかもしれない。ただまぁ、調べてみればそんなに変わらないのかもしれないけれど、それはそれ。

●絵を描く
絵の具に触れる時間が比較的短い年だったようにも思う。
ただし、ずっと思っていた立体への色つけはできるようになったので、一歩進んだのかも知れない。

●コミケ
年末になって少し像のフォーカスがあってきたというか、そういえば僕はオタクのメインストリームに居ないよなと認識をしたことは大きいかと。

こんな文章を投稿しているのだから、何かやはり少し違うのだろうけれど、コミケのカタログを買うまで入ったのだけれど、そういえば、僕はコミックを買わないヨナと思ったり。
僕だけがいない世界?だっけ?あれは買ったし全巻読んだのだけれど、ジャンプ世代であり、まぁ好きなんだけれど、それでもコミケに行く感じではないなと。

やはり、自分が好きなことをしているのが一番かもしれないなと。

●断捨離もどき
古い洋服を捨て始めたり、使わないものをどんどん捨てたり始めているのでその線で行こうかなと思ったり。

ただ、いろいろ捨てていると自分はなんなのか?なんてアイデンティティの喪失も起こるのかもしれないというなんとなく危ういところもあるんじゃないかと。

ま、どうせそこまで捨てることはできないと思うんだけどねw

●東京ゲームショウ
昨年のことに話題を戻すと、ゲームアプリを久々にプロデュースしたり、東京ゲームショウにでる陣頭指揮をとったり仕事の方の展開はうまく行っていたようにお思う。

●アート・パル
アート・パルに関しても、久々にオレンジギャラリーで展覧会を開いて楽しかった。
この楽しかったという記憶の部分は重要だなと思った次第。

●旅
沖縄の座間味に行ったり、氷見に鰤を食べに行ったり、旅行に関しては少しリバイバル的な部分も有ったけど、自分の行ってきた場所がどう変わって行くのかということを見るのはそれはそれで楽しかった。

氷見線に乗るために苦労を強いられた高岡の駅があんなにすっきりと変わっていたのも驚いたし、北陸新幹線で一気に高岡や金沢に行けたのは驚いた。

日本の年がどんどん身近になっていくというのはいいような悪いような気がする。まぁ、金沢についていえば、意外と東京都あるテナントと違いがあるわけでもなく、和菓子のお店が多くある以外はそこまであれなんですが。街並みもなんとなく大宮という感じだしね。
氷見や和倉温泉が身近になったということは大きいのではないかとも思う。ただ、伊豆や強羅あ辺りの温泉と比較することになったり不思議と身近になったというよりは強豪が増えたようにもおもう。
また、飛行機で行った方が安かったり、しんかんせんの利便性はコストによって減退しているようにも思った。

沖縄については、本当はかなり中国人がいて日本という感じではなくなっていることを残念に思った。
ただ、少し人里離れた方にいくとか、離島に行けばまだまだ沖縄らしい状態が残っていたので、それはそれ。

面白かったのはお土産品。
ここ数年でビザの関係で中国人が増え、国際通りのあたりにも随分と中国人が増えたため「ちんすこう」の販売スペースが減って紅芋タルトにお土産品をシフトしているということ。
「ちんすこう」がすごく安くなっているので、こちらとしては悪くはないのだけれど、中国人に中国のお菓子を売りつけるのが以外と大変だったのかもしれない。

商売上の努力は悪くないのだけれど、夏のピーク時とは違う10月の中旬から下旬の来訪だったのにまだまだ中国人。という状態で飲食店の人は少し顔に「あぁぁ」という表情が張り付いていたのを思い出す。
観光資源を元に生計を立てているのだから仕方はないし、お金が落ちてくるのも理解しているのだけれど、そういうことじゃないんだなと。実際に話してみると文句を言いたいのも山々だという感じで少し前ののんびりとしてワイワイとから騒ぎをしていたこと路の沖縄とは変わったおかもしれないという印象だった。

働き詰めの状態を脱して東京を逃れて漂いに来たのに、沖縄本島のひとが疲れているというパラドックス。

これも旅行に出ないとわからないところなんだけどねw