TwitterをいじりながらTwitterを斜に構えてみる

Twitter。
数年前に登録してたころには「日本人には無理だ」なんて
みな口をそろえていたのに 2010年現在、猫も杓子もツイッターだ。

スナック菓子のように軽いコミュニケーション
フロー系といわれるすぐに流れて消えてしまうコミュニケーション。

世の中が軽くなるのと同時にコミュニケーションも
ライトで消え去るものへと退行していく。
(そもそも一晩寝ると7割忘れる人間はフロー系な生物だし
PCやネットは発祥当時はストック系の最たるものだった。
だから、PC文化から見れば退行だし、人間から見ればネットの
人間への順応化、人間への最適化が進んだともみえる。)

まぁ、それは良いと思う。
現に世の中の人間はそれほど真に迫る蓄積が急務な
情報を毎日毎日考えているわけでもないし(僕もだが)
考えていても中々体系化して実践するなんてことはできない。

だが、稀にフロー系な人とは別に意識して取り組み
大きな流れを作ろうとしている人間も居るし、
企画屋としては、ストリームを追うのも重要だが、
それとは別に、自分の視点を備えておかなきゃ成らない。

多くの人にそれは必要ないのだが、僕がここでブログなんて
今では少々全時代的に成りつつあるものをせっせと書いている
意義は実はその辺にある。

書きながら、
書くことで、頭にきっちりとした像をつけていく。

公開しているのは、明示することでハードルをあげたり
ストレスを開放したり、自分の考えのブレをとったり。

まぁ、様々だ。

もちろん、Twitterにもきちんと?キャッチアップしてるし、
斜に構えた取り組みもしているところだが、
メディアとしては成立していくと思うが、
自分のメリットを最大限に引き出すには
結構な壁があるんだろうなって思える部分がある。
(フォローをもらうための、絶え間ない努力とかそういうの。)

書くのは大好きだから、キーボードをパチパチやってるので
こんな文章もできていくが、古い人間なのか、PC文化がすきなのか、
残らないということにストレスを感じてしまう。
とくに、Twitterの掛け合いは、相手を追う必要があったり
キレイじゃない。
(どんどん流れていくデメリットでもある。)

いずれまた何か別のものが台頭してTwitterは忘れ去られるのか、
mixi見たいに変質していくのか、何らかの将来が待っているとは
思うが、一瞬楽しかったが、少し離れて暮らしたいなとおもう
Twitterはそんな存在になりつつあります。

夢をかなえるツイッター ~いいことが起こるつぶやきのコツ  Twitter。楽しいけど..刹那的だよね。