つきすすむ、男坂。

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神田神保町の男坂。
以前、高校の頃だろうか、兄が近くの大学にいっていたこともあり、
確かこの坂を登ったかした記憶がある。
もうそのころの男臭いイメージの校舎は無くなってしまい、いまはきれいさっぱり新校舎。
どうなのだろう、時代の流れということもあるのだが、古い校舎、思い出の場所はできるだけのこしてみては。
幸い私の出た学校は古い校舎もそのままに拡張政策をとっている。
しかし、当時の芝生のきれいさは今はなく、少々寂しい思いを出かけてみて味わった。
そう、時間なんてたってしまうもので、
建物なんてどんどん無くなっていくもので。
ただ、加速していくこんな時代だからこそ、
何かかわらないで、きちんとしているものがあってもいいように思う。
写真は変わらないだろうか?
それはわからない。
だが、いい思いで、すてきな出会いがあった際に、
僕は写真を残していきたいと思う。
いつか思い出す日に、そんなすてきな思い出があったことを。
僕は、その素敵なことのいくつかを伝えていければと思う。
いつか、いつの日か。

鰤寿司!(ホテルニューオータニ高岡、万葉のふるさと高岡、ぶりの寿し)

080109_0144~001.jpg080109_0149~001.jpgお土産に頂いた鰤(ブリ)寿司。
マロやかしっかりな味。
酢漬けの大根がぎっしり敷きつめられ、真っ白な世界を作る。
ブリ大スキにして鰤大根を未だ食べたことが無い私には、
鰤大根はこんな味なのかな?
そんなことを考えさせられる味です。
噛むことの喜び、
広がる味わい。
ほぐす楽しみ
噛むことの喜び、
こんな風に食べるアクションの繰り返しが嬉しくなる。
そんな感じ。
押し寿司なので、ぎっしりモッチリなごはんに、しまった鰤(ブリ)。
鰤は酸っぱくない。
後半少し味わいに連れ広がる味に、ほのかな酸味が加わる。
うん、ウマイ。
大根にはカリッとした宅庵に近い。こちらも酢は前面に出すぎずいい案配。
全体像は優しい、そんな味。
後味はすっきり。
シッカリしてるのにモタレ無い。
鱒寿司よりもボディのある鰤寿司だがなかなかスッキリとしたすばらしい寿司だと思う。
何よりも、こんなウマイものをお土産に持ってきてくれた友達に感謝感謝である。
なかなかイイ。

おとそ気分と検査と今日いちにち。

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おとそ気分はおそらく今日で抜けた。
明日は会社を休んで体の調子を再度計りにいく。
再検査だ。
そこで悪いと言われると僕はどうにかなってしまい、
最悪消し飛ぶことにも。
いくつかの分岐のうちにその検査でわかる死があるのかも知れない。
よいと言われることは少なくともなく、
カラダがどうのこうのということは何か言われる。
だからといって恐怖もない。
色々手続きがめんどうなのと、何となく過ごした今日を振り返る。
おそらく、死を感じて生きる年になってきたのかも知れない。
漫画の主人公みたいに死にはしない体。
そんなのがまかり通ってきた。
10代20代は何人か友達が何人か死に
30代にはいってなんだか気分が大きくなっている。
だが、正直ここ数年間を押してきていてツライ部分も。
そこをきちんと解消しながら生きないといけないなというのが、
ここ数ヶ月考えているところであり、今日こんな形で明日を迎える。
正直、わからない。
わかったのは、意外とすっきりしているということ。
それと、部屋をきれいにしてから死ぬタイプの人間でないこと。
あと、わかっていたが、年末女と別れた原因はここにあるのだと言うこと。
再検査の話をしてもさして耳も貸さず、としとったのね。とそんな感じのコメントと笑っていた。そんなだった様に思う。
あれでは一緒に長く暮らしてもさっぱりだ。
結婚などはもってのほかだ。
(正直30代になって結婚を意識するようになっているし、その彼女と結婚を何度となく考えた。)
老後を見てもらうために結婚とか考える訳ではないし、恋愛をする訳でもない。
なれ合うために付き合う訳ではない。
保険をかけるために結婚をする訳ではない。
しかし
しかしだ。
弱っているときの扱いがひどすぎる。
僕は弱っているとき弱音を吐く。
こんな見ず知らずの人にさえだ。
あまり真剣に看病されるのも困るし。
一緒に泣いてくれるのも少し違うように思うが
真剣に落ち込んでいるときは、何か真剣に対応をしていただきたいものだ。
リアクションはこの世の中でとっても大切なものだと思う。
これだけは確かだ。
それと。
今日一日。
午前中はぬくぬくとテレビを見て過ごし、午後までダラダラ。
写真が撮れたらいいなと思うが、夕方になってきたのでどうでも良いなとも思う。
気が向いて好きなものを食べにいき大盛りを食べて少しダイエットに悪いなと考え、
カメラ屋をのぞいて、家電屋のおもちゃコーナーを除いて何もないなと思い、コーラの500缶(ペットボトルは嫌いだ)を飲み干し、そして帰宅。
面白いものでテレビを見て、カメラのコトを考えて、おいしいものを食べて、そして気分よく帰宅。
彼女でもいればまた少し違った心境かもしれないし、ベッドにいる時間がもう5時間くらいは長かったように思う。
年賀状がまだ全部は終わっていないが、それも気にしない、仕事が何となく残っているのだが、それも明日考えようと思う。
かなり自分が勤勉でなく、散財するといってもたいしたことがなく、ダイエットにさえ気を使ってしまうところが少し面白く感じられた。
おろらく、そんなところなのだろう。
僕が駄目になったとして、そんなところなのだろう。
予備校時代。
どん底。
将来が真っ暗なときも、近所のおばさんは「なんだかとっても楽しそうに自転車に乗って出かけていってた」といっていた。
そう、僕自身もどん底でありながら楽しくしていたのだと思う。
周りから見た目にそう見えた訳だけではなく、
人生というなのバッターボックスで、バットを持って振り切って、フルスイングをして好きに生きていたように思う。
これは何だと思うが、僕は楽しく生きているのだと思う。
まぁ、悪い状態になったとして、それはそれで楽しむとしよう。
いまは、気分よく明日を迎え、気分よく結果を待つことだ。
そうおもう。
しかしまぁ複雑な心境だ。

ご来光と記念行事

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写真をやっていると「初日の出」というのは、なんだか感慨深いもののように感じる。
今年は一人で年越し、身が引き締まる思いで新年を迎えたが、
その中で「初日の出」となると少し考え込んでしまうところがあった。
新宿にいるということもあり、東京都庁の展望台がいいのでは、と思ったり、お台場のテレコムセンターがいいのではと思ったり。
都庁、ここの展望台はくじ引き抽選だということがわかる。
テレコムセンターは以前に聞いた話では、カップルも多いし、結局何のために行ったかよくわからなくて疲れたという話を聞く。
(まぁ、多かれ少なかれ疲れるのだ。)
浅草は浅草寺で揚げまんじゅう、人形焼きをぱくつきながら2年参りをすませ、モツ煮と大盛り焼きそばを頬張り「初日の出」のことを考えていると、少しばかり変わった趣向を考えてみようかという気になった。
カップルばかりでなく、疲れず、すぐに家に帰れて、そして「初日の出」を堪能できるところ。
新宿界隈の場所をGoogle Earthを見ながらケンコーのサンガイドで日照を調べる。
これで準備万端。
あとはサンガイドを持ちながらロケハンがてらに目指す場所へと自転車を走らすばかり。
行ってみると、数人だけ、カメラを持った地元の人と、高校生が6人くらいご来光待ちをしていた。
「初日の出」の撮影、感慨深かった。
やってみると
まぶしい。
点光源の撮影。
寒い。
数秒後には割と普通の風景。
順光側にはとても良い桃色の景色が…。
というものである。
ご来光自体は…まぁ、いいんじゃないか?
これも場所を変えてできるという意味ではいいのかも知れないが、
CCDを痛めるということを考えると、フイルムカメラに任せた方がいいのかも知れない。
そう思えた。
ひとまず、いろいろあったが道すがら収穫もあったし、色々思うところもあったので、なかなか有意義だったと思う。
また来年やるかは微妙だ。
(こればかりは、ロケーションをかえながらやると楽しのではと思うように思えました。)
写真はEOS30DとEF50f1.8IIで撮影。まだこのカメラに慣れないでいる。

新年おめでとう。

080101_0710~002.jpg新年おめでとう。
今年は好きなことをシッカリやって行こうと思います。
食べたり、撮影したり、ゆっくりしたり、出会ったり。
いろんなひとと素敵な時間を共有したい。
そう思います。
このブログ自体も更に充実を図っていきたいので、これからの展開にご期待ください。
(撮影地:新宿、1月1日初日の出、撮影機材:WILLCOM、京セラ、WX310K(京ぽん2))