勉強はしておいた方が良いって話。

45になったが、このコロナ禍の間に微妙に時間ができたので勉強をしている。

プログラムの勉強だ。

詳しくいうならswift5.1を作ったアプリができるようにswift playgroundを使って勉強。

で、まぁ、苦闘してるのだけれど、入門は終わり中級の途中まで来たので雑感を留めておこうかな?とね。

プログラムのが向いてる人は?

プログラムが何かはまだ実際よく分からないが感触としては因数分解に似ている。

物事を過去の類型に合わせ分解し整理していく。

その整理の仕方が冴えていた方がプログラムを走らせたとき機材への負荷が少なくなるそうだ。

なんなら一文字でも一行でも少なく汎用性があった方が良さそうだ。

じゃ、数学たのみ好きならそれで良いかというとそうでもない。

英語の単語レベルの習得や英語を書く事に慣れていた方が良い。

何が良いと言えば、出てくる用語は1バイト文字の英語にアドバンテージがあり、メソッドやらインスタンスやらループやらの概念を翻訳せずにそのまま何となく現地のニュアンスを得ながら理解する方が習得が早いからだ。

2バイト文字でも関数などは書けるようだが、他の言語などでは、コンパイル時にエラーが出るなど問題がある場合が多く、プログラムをやる上で英語表記を使うことは普通だという事だそうで。

コメントアウトした部分への記載などは日本語でもちろん良いのだけれど、因数分解していく際に使う言葉は英語って事は再度認識しておく方が良い。

少なくとも苦手意識は作らないで於いた方が良い。

なぜ英語を勉強するのか?という問いに対して最近では同時通訳も端末を使って当たり前にできるようになってきたわけで、5年後くらいに機械翻訳で対話をするのが当たり前になる可能性もあるので新しく何か用意をする必要があるのかもなと思ってたが、思い掛けず遭遇した感じだ。

英語的な論理構造も関与しているのかもしれない。

あと、面白いなと思ったのはプロトタイピングをする事の意義が今までの企画をする側とはまた違う意味でプロトタイピングを見る事ができるようになったところかな。

仕様書が無いと書けない、RFPがきちんと無いと全く作れないなどと言われる理由に今退治しているので非常に仕事を別なサイドから見れてそれはそれで楽しい。

基本的には類型を探し出すのに手書きでモーションを抽出するのが良いのかな?と思いはじめている。

そういう意味では、図案を作るのが上手い人はコレまたプログラマ向きかもしれない。

小学校より上の勉強をなぜする必要が有るのか?という事を聞かれる事が以前はあったが、それらは随分少なくなってきたように思う。

世の中が高度化するとともにたまに露見する「高度化した中身」にそれらが内包している場合が多い。

マーケティングの中身は代数だったり、スペイン風邪に対する知見だとか、色々とチラチラ見え隠れだ。

勉強なんてする必要ない!

という意見も分からなくもないけれど、自分で学習する。坂道を登り続けるようなタフさを若い時には身につけておくと良いのかもしれない。

プログラムができたからってなんだよ!

という声も出てきそうだが、少なくとも飯のタネにはなる。

まぁ、大きな事が言える状態では無いので、中級編を上手いこと解決してから別の動きに入りたいなと思うところ。

今のところ飽きずに続けているが、中級編になり説明が雑になってきていて辟易しているところもある。

いま型のところまで来たがもう一踏ん張り頑張ってみようと思う。

では。2020.5.15

捨ててしまって失敗した。

大好きだった自転車のフレームを引越しの際に捨ててしまった。

偉そうな事を書いているが、抑圧され脇目もふらず行動していると感情が死に普段では理解のできない行動をするようになるのだろう。

大学の頃、一緒に北海道を旅し多くのレースに出たあのフレームはもうこの世にはいない。

後悔の無い人生を。

と行動してきたが、コレが後悔か。

嫌なものだな。

改善と挫折

生活を正してダイエットなどにも取り組み
無駄ずかいを極限まで減らし
なんとなくだが色々上向いてきたように思っていた。
だが、仕事の方で全部パーになった。
引き継いだ仕事
かなり地味に積み上げ
必死に花開かせるタイミングを巧妙に仕掛け
待ちに待った訳だが…
背後から撃たれた。
というか気づいたら撃ち抜かれていた。
こんな苦労をし
こんな酷い目にあい
まだ進むのか?

大変がバラバラにやってくる。

仕事は面倒だったり大変だったりする。
ただ、それら面倒や大変は普通なことだが、それらが共振したり奔流になるといよいよヤバくなる。
ヤバくならないようにする対処方法は実はある。
・予定をしっかりたてる
・コミットする順位を設ける
・なるべく同系統の仕事にだけ取り組む
・将来の目標を設ける
・ひとつづつ、手近なものから片付ける
・情報の整理を怠らない
・誰か別にできる仕事は別なひとに任せる
…要は仕事の基本的な話だけど
乱戦状態に成れば成る程しっかりセオリー通りにこなしていく。
現状、いまの仕事場ではやりたい仕事とやらなきゃならない仕事とがごちゃ混ぜ状態。
しかも業域、ジャンル、メンバー、クライアントの有無、代理店の有無、見積り、請求業務などがバラバラな状態になっている。
しかもどれも直近の納期だ。
うーむ。
考えても始まらない。
家帰って水飲んで寝るぽ

視点を替える

今朝、早朝、夢の中…
議論が噛み合わず
罵声飛び交う喧嘩に。
それでも僕は信じた提案をする。
その後、やっと相手が僕の提案の意味を理解。
現実のプレゼンはもっと細やかにコミュニケーションの波が双方向に行き交うが
基本は変わらないのかも。と。
また相手の話や情熱の向かう先や肝の部分をうまく汲み取ることも
良い提案の定着に向かうと言うことは忘れてはならない。
どれだけの人がどれだけ真剣に取り組んだか。が仕事の輝きを深める要素でもあると思う。
また努力しても実を結ばないことは有る。
ロジックなのか目的なのかぶれている場合に多い。
周りに相談する人間がいない場合は声を掛けてくれても構わない。
少しは前進した気にさせれるはずだ。

完璧とは程遠い

日々生活をしている。
仕事もする。
ベストを尽くしたはずが、力及ばず。なんてことも有る。
それが世の中的にオッケーなものでも自分の描いたものからすれば力及ばずだ。
ただ、まぁ自分の尺度に全部対応させたからと言ってそれこそ何か世界が激変するわけじゃない。
暫定ベストが出てればまずは良いと行動を繰り返すうちに気づいてる。
ストイックになりすぎるとカラダに悪い。
カラダを壊しては仕事も生活もみんな破綻する。
全部まとめて継続できることが良い事なんじゃないか。
完璧なんて絵空事だろ。

制作マンの適正

腰痛にならないでずっと椅子に座ってられること。
特にサラリーマンな制作マンはマストマターだったりする。

え?…コンセプト無し??

オリエンテーションの内容にコンセプト無しなそんなお題がきた。
違う次元に何か別なコンセプト(のようなもの)が有るわけで、掘り出しせたらゴールは近い。
(…ような気がする。)
…が、まぁ、気のせいかも知れない。

僕はギャンブルをしない。

僕は個人的趣向と見解でギャンブルはしないことにしている。
人間的に面白味が広がるとか、そういう話は実際はちょっと違うんじゃないだろうかと考える。
ギャンブル狂なことは破天荒だとか男っぽいとか思われるし、ギャンブル自体はゲーム性が高くドラマチックなものだから、やってる人自身が豪気に見えるのかも知れないが、それが面白く感じられるのは当事者でないテレビの中だけの話だろう。
とにかくそういう雰囲気やダメな魅力度の向上の有る無しに関わらず、僕は生活や仕事の勘を狂わすよいなギャンブルはしようとは思わない。
(仕事の博打や勝負はきちんとするし大好きだが。)
今までもそう考えてたが、改めて考えてみるとやはり「勘が狂う」と思った感覚的なものは当たってるのかもなと今回書いてみる。
ギャンブルも含め人は爆発的な大ヒット時など感激をすると興奮状態になりハイになる。
その中で、ギャンブルでハイになる場合は、生活や仕事などの勝利や成功とは無関係にギャンブルのルールを引き金にハイになる。
脳がハイテンションになるってことは、ドーパミンをガンガン脳内で出させる状態にあり、僕的にはマズイ事にギャンブルは仕事や生活とは無関係にドーパミンがガンガンでる。
出てしまう。
ドーパミンが出る体験は人間にとって癖になるもので
ギャンブルの誘惑を前にしてギャンブル好きはパブロフの犬状態だ。
まぁ推測だが経験的にギャンブルで刺激を多く受けてる人はギャンブルが自ずとしたくなったりするのかな?
破滅にしろ勝つにしろ、なんらかの刺激が介在する事でドーパミンは出るわけだし仕方ないと言えば仕方ない。
しかもギャンブルを好む人にはギャンブルの場に於て通常の論理展開とは違う論理がそこにあり、各ゲームのルールで動き回らねばならない。
卓を囲むとか、スロットに7が並ぶとか、掛けた馬の勝利を競馬場で確信するとか
ギャンブル体験が増えれば増えるほど、ドーパミンがジャンジャン出てきて
ギャンブルに適応したノリの脳、よりギャンブルをしたくなる衝動にかられれる仕組みだ。
おそらくそれは仕事等で勝利に関する勘などを必要とする場合などに大きく違うものだから、勘を鈍らせる事につながるだろう。という訳だ。
人は勝利体験についても大量のドーパミンを脳内で発生させる。ドーパミンを大量に出すことで体験的に勝利の感覚を記憶に留める。
それがどんな勝利体験であれ、ブレイクすればリアクションとしてドーパミンは出るわけで
ギャンブルでブレイクしようが、仕事での成功体験が引き金でブレイクしようが、同じドーパミンが脳内でジャンジャンできてしまう訳だ。
目的はドーパミンを出すことでの勝利の快感ではない。
勝利の確度をあげ成功を連発する事だ。
できるだけ効率的に成功や勝利を自分に引き寄せ得るためには
ドーパミンの出るタイミングやシチュエーションを
一定の勝利に紐付けて行っていた方がより効率的に勝利がもぎ取れる。
僕はいまの仕事においてコンペで勝利に拘って来た。
そして一定の成果も実際に得られている。
まぁ、ギャンブルをする人にも成功者はいるし、皆成人してる訳だし、仕事での勝負に関わらない人も居るわけだ。
だから人様のことをとやかく言う気はない。
つまり僕自身の個人的な見解にはなるし個人的な意識の方向性の話なのでやりたい人はやればイイ。
各ギャンブルがどんな反応を実際に引き起こすかとか、上の文章の内容の判断や吟味、実際の効果については各自の判断や思考と行動の先に答えが有るのだろう。
僕は個人的にとりあえずギャンブルでドーパミンを出す方向性には行かないということだ。
その他にも色々趣味趣向で考えるとこはあるが、こと勝負に関する部分ということもありギャンブルに関しては少し見解が固いのかも知れない。
好きな人は好きな事をすればイイとも思う。
好きな事をするのは悪い事じゃないしな。

広告制作会社の企画屋は面白い。

広告制作会社の企画屋は面白い。
勉強好きでないとダメだが
調べものが好きとか、
分析が好きとか、
話しを聞くのが好きでハッと閃くとかそういう人は広告制作会社の企画屋に成れるならなると良い。
お客さまの話しをきちんと聞いて、筋道に必要な仮説を立て、話し相手の抱える問題を解消しながら一気にどーんと儲かる算段を立てるとか。
そういうのがやたら楽しいからかなりオススメ。
(話しを聞かないで盛り上がっちゃう人は家に帰って味噌汁でもすすってると幸せかも)
いままで仕事外でなんとなく内容を軽く知ってるつもりでも、一度仕事になればガチで絡むわけで「へ〜!!」って頭に刺さる刺激がバンバンきたり、
食べ物だとか趣味だとか自分の好きな分野について、認識が豊かになるわ、その業域での商売の勘が活かせるようになるとか、運や人間性の向き不向きなど色々あるけど、とにかく色々できちゃうなかなかレアレアな数少ない仕事かと。
(専門で固定の業種をミッチリやりたい、応えが欲しい人は一瞬メーカー広告担当と言いそうだがあれは違う。どちらかと言えばきちんと応えが出る化学系の研究職に着くと良いだろう)
経営コンサルタントが響き的には近いが「売りたい」という明確な意識がないと僕みたいな「売るための売れる企画屋」は呼ばれない。
チケットで切り売りは出来ないし対応スピードの加速が違う。
また、通常のデザイナーやコピーライターにはない「売れる勘所」を注入するわけで。その分別途費用も掛かる、その分色々立ち回らなければならないし、その分成功させる金額分の責任もある。
だから経営コンサルタントみたいに苦楽を共にするのでなく、商売の効果を最大限引き出す売り上げを爆アゲするガソリン的に派手に振る舞えるし、振る舞えなければ終わりなわけだ。
(まぁ振りは重要じゃないがね。信頼を得るには当たり続けるしかない)
もちろん、それにはかなりの勉強と苦汁をナメナメする必要も時にはある、挫折とか長い待ち時間とかも正にあるが、楽しい時間が長いから良い面もある。
あと、企画屋とかプランナーってのはイキナリ成るもんじゃないと実感もしてるから、企画屋とかプランナーになりたい若い人は色々回り道するのとかもオイシイと思ってみるのも良いかも。
デメリットとしては私生活の磨耗とか?
まぁ、気のせいだろ。