iPadが変える?恥ずかしさは異常。

●漫画は日本の文化なはずだが恥ずかしいものらしい。
漫画雑誌を電車の中で読んでる人をとがめる風潮があった。
「ジャンプ」などを読んでいるサラリーマンを見るとみんな
怪訝な顔をしていた。
別にサラリーマンが新書読もうが、マンガ雑誌を読もうが
それが学生時代からの癖なのかわからないが、
それはそれでいいと思う。
(少なくとも購買して経済活動に参加してるんだ、
うるさ方の購買を我慢する姿勢より経済的に健全だ。)

iPadなどが出て、実際の雑誌はiPadの1コンテンツに
成り下がろうとしているが、現状の雑誌も悪くないはず。
(モバイルで壊れない、捨てられるなどなど)

もちろんiPadやKindlへのコンテンツ提供や、
世界へ打って出る意味でのデジタル化というのはいいと思う。
(要は、デジタル化をすることで少額でいいから世界に
リアルタイムに情報を提供していけるようにするということ)
雑誌の衰退を止める意味でiPadではない、紙の方の雑誌の
復権のルートを「恥ずかしさ」をキーに考えてみようかと思う。

●なぜ?恥ずかしいか
→オトナ仕様ではない
これが一番問題だと思う。
『少年ジャンプ』などに代表されている少年誌と呼ばれる
漫画雑誌を起源に展開してきた雑誌が主である。
だから、無線綴じの大型誌はみな少年誌を真似る。
そうすると「キラビヤカな表紙」「赤や緑の紙」
「謎の裏表紙」ができてしまう。

→オトナ仕様の本は?
ブックカバーが最上位だと思うが、オトナ仕様の本は
平面構成の表紙

●仕様を変えれば済むのか?
仕様を変えれば雑誌は復権するか?という問いには
社会的に見逃してくれるようになればイエスかなと。

読者は成長していくのだから、卒業させないで
ずっと引っ張っていくようにしてしまえばいいということ。
そうすれば、永久にマンガ雑誌は捨てられない存在になるだろう。
で、iPadなんかを使う可処分所得が多い年齢になったところで、
デジタル版にスイッチしてもらえばいい。

●恥ずかしさと販売
今までのキラビヤカな表紙周りなどは、広告的意味合いが
強かったのだと思う。
「目立つ」=「みんなが読んでる錯覚」=「面白い」
こんな思考ロジックだろう。
ここを捨てないとずっと恥ずかしいものになり続ける。

雑誌を取り巻く環境が正に変わって行ってるんだから、
主ターゲットのいる購買層のボリュームゾーンに合わせた
表紙周りに変えていくのが本来なら正当な姿だろう。

女性誌では読者とともに成長するモデルがいくつか散見されるが
少年誌ではそれはなぜか無い。
(小学1年生とか小学2年生とかの流れ?卒業は必至なの?)

●少年漫画雑誌が生まれ変わる?
生まれ変わることはまず無いのかな?とも思いますが、
生まれ変わって文化として再成長をしていくなら
今なんじゃないかな?とおもいます。

マスメディアがなくなる方向に急進している現在、
割と大き目のメディアとしてマンガ雑誌が残る可能性は
高いと思います。新しい文化の担い手として、
もう一度頑張っていただければなぁとおもいます。
(そういう、おもしろそうな話しの支援ならガンガン頑張ります。)

“iPadが変える?恥ずかしさは異常。” への2件の返信

  1. こんにちは。
    iPad。
    日本にもまもなくやってきますね~
    楽しみ!
    いままで、いろんな物が世の中に出て....
    生活がいろいろ変わりました!
    このiPad。
    どう変えてくれるか?
    楽しみ!

  2. rainmans DS & iPadさんこんにちは~。
    このポストからちょっと経ちましたが、
    マンガ、特に集英社ジャンプ系のマンガが結構リジェクトされてるようですね。
    Appleさん独自の制限(恐らくアメリカ国内制限に準じる)を現状受け入れる事でしか情報配信が難しいみたいですが、
    iPadが広まる事で、随分色々変わるんだろうなって思いますね。
    会社で結構な時間触っているのですが、難しい事考えなくて済むのはとてもいいです。
    1年半後くらいにはいまのiPhoneよりも身近な端末になってるんじゃないでしょうか?
    大人がマンガを読んだり、余暇や趣味の探求を楽しむツールとなるとイイなと思ってます。

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