ドコモ、カケホーダイでウィルコムを去るかを状況に照らしてもう少し詳しく考えてみる。

ドコモさんのカケ・ホーダイが120万契約を10日間で獲得。 という輝かしい話題がdocomoさんのカケ・ホーダイの話題で持ち上がったわけですが 意外にも、数日立ってカケ・ホーダイの話題は、ランチの与太話の際にも登ってきま … もうちょっと読んでみる。

暑いとはいえ保冷箱に入るヤツと凶器としてのTwitter

2010年くらいだろうか?
オバマ大統領が若い世代への演説にて

「ネットに変な投稿はするな!
Twitterとかそういうのは
取り返しつかなくなるから
とにかく、偉くなりたいなら
ネットとは距離をとれ!」

 

とかなんとか以前力説してた。
似た文章をGoogleのシュミットが話してる。)

ネットリテラシーの高い大統領が何を言ってるんだ?

という感じで当時受け入れられてたが、
ある一定のネットリテラシー高めなひとは
有る意味その辺を予見できてたし「なるほど」と思っていた。

 

保冷庫で頭を冷やしてた?

アイスの保冷箱の中に寝そべる田舎の道楽息子とか、それを真似る若気の至り系な方々とか、古くはバリケード組んで風邪でもないのにマスクしたやからとか…
そんなのは以前にもありそうな話だし(昔の方がもっと変態じみてた)写真撮って回したり、青春の1ページとして心の深いとこ、奥の奥にしまいこみ、世に出てみんな朗らかな笑顔を満面に浮かべ、楽しく暮らしていた

…はずなわけだが、現代ではそうはいかなかった。保冷庫やその真似をしたアーリーアダプター数人に関しては、まさに時代が悪かった。
オバマ大統領の高説むなしくTwitterが一瞬にして彼らの人生を暗いくらい深淵へと飲み込み、一瞬にして築き上げた小さな砂城を蹴散らしてしまった訳だ。

 

Twitterを使って友人に広めた運の悪さ

LineやFacebookなど内輪に近いメディアならまだどうにかなったかもしれないが、Twitterに投稿してしまったのが運の尽き。

彼らの社会復帰とかを!と若気の至りで投稿したいたずらをどうにかしてやれと擁護する話もあるが、そんなのは後の祭り。特に大学生くらいの社会責任が問われてもおかしくない年齢の人間に関しては弁明の余地もなく、当事者同士のやり取りに身を委ねるしかないのが現状だろう。

で、初めの数人はとにかく容赦なく断罪させられる。
これは、社会的な性質以上にTwitterの性質だとおもう。

 

Twitterはインターフェースこそ内輪なメディアに似ているが、
震災以降は市民権を得て公共メディアに近い存在になっている。

Twitterというネット直結の拡散メディアに流したら最後、
いじりやすい話題なら拡散に次ぐ拡散が繰り返され、
投稿した人間の意識などは特にくまれることはなく
作者の手を離れどんどん拡散、拡大していく。

流行りの話題を瞬時にクランクパスし
Twitterは話題をクラスタ状に押し広げ、世界に伝播する。
そんな「どえらい」ことがスマホ一台でできると言うTwitterは、
現代をとてもドラマチックに拡張し、長年人々が夢見てきた
自分の主張が広めやすい基盤を世の中に作り上げた訳で
メディアとして、実は人類史上まれに見る発明品だといえる。
が、一度手を離れるとコントロールしずらくなるそのスピードと
安全装置のない仕掛けは情報発信者にとってときに都合が悪くなる。

内輪のジョークはたちまち全国区の粗暴な事案にさえなる。
伝播拡散が早いTwitterならでは、拡散しだしたら最後
内容次第では即アウトだろう。
(スピードと拡散が早いから興味を引くものの伝播は早い。
逆に、芸のない模倣者の事案は拡散度合いは大幅に下がる
情報拡散において、オリジナリティと表現力は即問われる)

バイトの一言も、保冷箱へのダイブも、
センセーショナルなら世に猛スピードで射出される。
企業が長年培った信頼など、スズランの枝と同じレベルで
何の抵抗もなく一発でへし折る。

その力が真正面に企業を直撃したとしよう。
下手をすれば、株価は下がるし、野放しにすれば
一発ズドンで多くの罪もない社員たちを
路頭に迷わすことにも成りかねない。
(汚せち事件の拡散も凄かったよね)

Twitterは、ある意味では2ちゃんねるなどより、メジャーで手軽でしかも社会的殺傷力を多くはらんだメディアといえる。

そして当たり前な部分としてTwitterはネットによって支えられ、ほとぼりが冷めるまで拡散、格納され、終いにはある種の意図を持った人間に保存されあらゆる場所に傷を残し勢いがなくなったところで忘れられる。
(事実自体は残るが、とりあえず見放される)

それは日本だけでなく、オバマ大統領が力説するようにアメリカでも同じ状況だ。

とにかく、バカな写真なんかを競うエクストリーム競技?には参加せず、写真をもし撮ったとしてTwitterには載せないことだ。

ネットがある場所なら、誰も、そんな愚行を実行した者を庇うことはできないわけだし、責任は実行した者にあり、まだその社会的地位の回復を実行できるすべが見つかっていない以上、とにかく責任や危険さが解らない間は触れないでおくくらいでいいのではと思う。