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おもいつき

ゲームをどう捉えるか。

■ゲームをどう捉えるか?

ゲームをどう捉えるか?ということが方方で話していると問われる。

僕は広告屋の端くれで新規事業としてゲームを9年くらい作ってきているが(その間も広告案件は担当しています)ゲームを作る側の人間で有り続けていたので備忘録的に書いておく。専業のゲーム開発者とは立場が違う部分もあるだろうから、そのへんはその辺。

この投稿はこの辺のまとめに対しての僕なりの答えとしておきます。

 

■個人的な直感的見解

脳に刺激を与える気晴らしになるもの。
楽しいもの。
競えるもの。
動くもの。
動きを見るだけでも楽しいもの。
戦略性があるもの。
運も手伝ってドラマチック。

■アメリカ人いわく

友人の旦那さんのアメリカ人いわく
「日本の人はもっと遊興に時間とお金を割くべきだ」

なるほど。

■有史以来神様は何をやってるか?

日本の神様は酒のんでダベってる。

欧州の神様は暇してチェスしてたりする。

スフィンクスは知恵比べ≒なぞなぞが大好きで回答されると悶絶して谷底に落ちて死んだりする。

金の斧銀の斧も心理ゲームやってるな。

■リタイア後

リタイア後に欧米の爺さんはこぞって船旅をする。
船旅、世界一周クルーズのさなか、何をする?
ダンスなんかもするが、そんなことよりもみんなクロスワードパズルをやっている。

■遊興?

哲学、芸術、観劇などなど。
生産ではなく、人間的に人生を謳歌することが遊興。

ローマの時代、生産なんてものは奴隷がやればよかったわけで。
産業革命以降、機械が生産をすることになる。

社会のために成っているか?

仮そめのドラマをなんのリスクも追わずに手軽に体験できる。
そんな体験を販売することは非常によい遊興の提供者
人間性の提供者なのでは?

最終的に獲得するであろう人間性のうちの一つを提案、提供できる存在。
ゲームを提供する行為というのは実は高級なことなのではないかと思ったりもする。

 

■それでも生産性を求める人へ

飲食業は生産的か?どうせうんこになるんだぜ。

人間の一生は生産的か?どうせしぬんだぜ。

なんて、中学生みたいな答えもできますが、もう少しお話を別の方向に。

生産性ということをお金を得ることと置き換えよう。

生産してお金というなのコミットメントを得たということで。

現在日本の産業で儲かっているものは?

テレビのスポンサーや広告を出す元気があると

  • 銀行は儲かっていたが、金融は数学者を除き行員は減らし店舗縮小している傾向。なぜなら、どうやら儲からなく成ってきているから。金貸しは儲からない。
  • 通信業界はスマホのARPUを上げるのに限界が来ているだろう。
  • プログラマはまぁ、なんとかなるかもな。(現場を間違えると大変)
  • テレビ局や広告屋はマス媒体がなくなり、セチガライ。
  • 医薬品は利権だね。特許がなくなると言われ日本の企業はヤバイ。
  • 公務員は生産的かい?
  • 政治家はまぁ、生産的だろう。
  • 水商売はさいきんみんな酒飲まないしな。
  • 飲食店はブラックになりがち
  • FXとか先物やってる人はうーん。アレは職業?選ばれた人は生き残るが…。(ギャンブルと考えると、ゲームプレイに近いかな。)
  • ゲームはいまのところウハウハしているところも大手はある。インディでも生きている人はいる。

割と、ゲームって生産的なことかと。

しかも、時間ドロボウでしょう。

人生の時間を割いてまでついついやってしまうもの。

生存するために衣食住があったりしますが、下手をするとソコを崩してまでもやってしまう、人生において掛け替えのない「あそび」

衣食住は限界があるが、遊びには限界がない。

大人の火遊びとかはまた別の問題で、きちんとルールが有りみんなで楽しめるゲームというものは非常に世の中にとっても価値のあることではないかといいたい。

非常に夢のある話だし、生産性もとってもある。

目指したいのなら目指せばいいのでは?(狭き門ではあるが)

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おもいつき

モノを捨てる技術

自分に関与するものは残す。

ってやる。って話を書いた。

だがその考えには限界がある。

なんせ時間がかかる。

思い入れを図るのってのはなかなかに骨だ。

 

では、他のアプローチは?ってことになる。

  • 要らないもの、自分に関わりのないものをすてる
  • 一面に広げて必要のない物を捨てる。
  • 場所を移動して要らないものを炙り出す

だいたいこんなところだ。

 

面白いもので自分に関与するかどうかを考えると頭を使うが自分に関わりのないものを探すとなると早い。

場所が許すなら広げて捨てるのも良い。

移動させて捨てるのも実は同義だ。

 

関与するかどうかを考えるのとは違い上記の2つは捨てるのもを顕在化させる技術だ。

場所がなくても箱から箱の移動などでもよい。

あとは、片付かない場合は規格品の箱に押し込むといい。

同じ型のモノだから見た目は悪くない。

空の箱への移動時に捨てるのもが見つかる。

さて、能書きを書いていないで僕も捨てるとしよう。

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おもいつき

モノの価値を考える。

引越しを期に物の価値を考えている。

 

捨てる基準にちかいかな?

 

とりあえず、本棚にある色々なもの(本だけでない)を数箱の中に入れることを考えて選別する。

目標は量的な圧縮。

コピーライター、メーカー宣伝部の宣伝マンだったので作品も多い。

 

残すものは

  • 辞書。
  • 好きだった授業のノート。
  • 自分の制作物
  • 写真の紙焼き。(ネガがあってもこの先現像するのかが不明)
  • 画材
  • 使っているガジェット
  • 読みたいテクニック集

どれも自分に関与するものだ。

自分が作ったもの。自分の思い入れのあるもの。心血を注いだもの。

 

逆に捨てるのは

  • 教科書
  • 白紙のノート
  • 雑誌のバックナンバー
  • 価値があると思ってとっていた雑誌

だ。

 

教科書

教科書は勉強する際にその際に最適な新しいものを手にした方が学習しやすい。また、数十年前の常識は既に変わってしまった部分が多く特に経営学などは古典的なことは置いておいてかなりの部分が今様なものに変わってしまっている。
古い話が通用しないから勉強をするのでファンであった授業以外は教科書は捨てる。

白紙のノート

白紙のノートは捨てる。
必要なら買えばよい。
スペースと労力の無駄は削る。

 

僕にとっての価値がなにかがわかった。

この基準がわかっただけでも収穫である。

今後買い物をするときなどに

「自分に関与するかどうか?」を尺度に買えば良い。

また、勉強をするにして「いま勉強しやすい、いま必要なもの」を買えば良い。

なんとなく契約しているWebでのeラーニングなどは解除してしまおう。

更に「将来使うから」とかってものは買わない。

 

商売的に考えれば

  • 将来使いそう
  • 勉強に使えそう
  • あなたに関わりがありますよ

って辺りが引きになるのかも知れない。
ただ、コレは、我に返ったときのものであり、遊興などの牽引する何かではないのもココロに留めておこう。

今回わかったのは

無駄遣いをしないメソッド

なのかも知れない。

心して物を捨て心して物を買おう。

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ライフハック

Adobe Bridgeが勝手に起動して頭にきた。⇒対応してみた☆

Adobe Bridgeが起動項目に無いのに起動して頭にくる。

レジストリエディター…にもない

設定/アプリ/スタートアップ…にもない

タスクマネージャー…にもない

 

だがAdobe Bridgeは

Windows起動時に何故か立ち上がる。

 

Adobeならではの謎テクノロジーで起動…。

対抗策

Adobe Bridgeをひらく

環境設定/詳細設定/ログイン時にBridgeを起動の☑を外す。

で解決…。

 

 

ぐぬぬ。