ツンデレだ。

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なぜかアクティベートが突如要求され、修理屋に持ち込んだり(営業時間終了…)七転八倒した挙げ句、僕の愛機iPhone4Sは無事三途の川から這い上がって来ました!

よかった。

正直、強がってみたものの、単機能以外の部分をぶっ込んだiPhoneはそれはそれで必要悪として、否、単機能以外のよしなしことを全て引き受ける器量を持ったコンパニオン的な存在として生活の中でかなり大きいものになってるんだなと気づいた次第。

特にブラウザの利用が多いことに気付く。
買い物や商品検索は楽しいし、知らない言葉を調べるのも楽しい。
iPhoneの維持を少しきちんと考えようと思った次第。
来年のiPhone6はきっと買うだろうと心に極める。

単機能ララバイ

今日は筆が進む。
iPhoneが撃沈したことで、ウィルコムのストレート端末がウキウキ文字をこさえる。

長文を打つのならやはり物理キーだよな。
左手親指がそんなことを言う。
全盛期は左手右手でブラインドタッチが同時にできたが、いまは左手のみ。

で、僕は色々なデバイスを使ってきたが、単機能の製品が好きなようだ。
ガラケーでもテレビやお財布はいらない。
メーラーと小気味良いキータッチの物理キーと変換エンジンがあれば良い。
あとは電話ならではの電話機能があれば何よりだ。

ウィルコムが最適なのはそのあたり。

あと、カメラも一眼に単焦点レンズを着けて持ち歩く。
ズームしなきゃならない?
撮れないなら撮らないという選択もあるし、自分が得意とするジャンルで撮影できれば良い。
だから全域をまんべんなくなんていうズームはいらない。
最悪、カメラがないなら撮らなきゃいい。
あとで絵に描くとかなんとかすればいいしな。

以前気に入って使ってたポメラは単機能で単3(単4?)電池だったが利用シーンがわからなくお蔵入りしているが、長い旅にでもでるなら持っていこうか?

最近のお気に入りはKindleだそれもKindle pw。この電子ペーパー端末は本を読むことの楽しさを僕に取り戻してくれた。
部屋は散らからないし、一台に好きな本を何冊も入れて持ち歩ける。
こんないいものはない。

残念なこととしてはハードボイルド小説や西尾維新など興味深いラノベ作家が参加してないことだ。(北方兼三は水滸伝とか時代小説しかないのはなぜだ?)
Kindleは文字のリフローができるしPCのモニターにらめっこが続き常時疲れ目の僕にもぴったりだ。

あと、自転車もミニベロに乗っているが、折り畳みではない強固で軽いフレームがとてもいい感じ。
自転車などは稼働部に負担が掛かる分折り畳み自転車などはやたらゴテゴテする傾向にある。
また、折り畳み自転車に乗ってる人に話を聞くとほぼ折り畳んでないしな。

変形機構が良いのは理由が有るときだけじゃないか?

思いつくままに書いてみたがまぁ、理に叶わない単機能や、時代錯誤なレトロ趣味ではないのも確か。

単機能の難点としては物が多くなるとこかな?
興味が薄いものはiPhoneレベルに収めて、興味がわくものは使いやすさにこだわろう。
それが今の方向性なのかなと思う次第。

スマホが奪うものモタラスもの

スマホ用のアプリを企画しつくっている。

だから仕事でスマホは必須。
普段から使わないとアイデアなんて浮かばない。
だから普段からスマホは必須。

で、iPhone使ってたら突如壊れてしまい(アクティベーションをしろとせがまれる。もちろん正規のSIMで運用してるのにだ…)
そして、続けざまにスマホの無いコンクリートジャングルに僕は放り出されたわけだ。

まぁ、夏の疲れもあとをひいてるし、絵を描く時間も必要だし壊れるにはグッドタイミング。
スマホが無くなって清々した。
…って部分もあるし、既にスマホが無い生活が化なり厳しく、スマホがあった方がよい部分の両方を考えた。

●スマホがなかった方がいい部分

・時間、特に余暇とか断片化した時間を余暇として過ごせる。
・本来もっと表現方法が有ったキモチを「なんとなく」カタチにできてしまう状態になりそれが世の中に軽くでていく事になんの不思議も感じない。
・表にだせないキモチを溜め込む事でおきるフラストレーションこそなくなるが、原動力が薄くなることは何かを出すこと、表現活動が生業の場合ディスアドバンテージになる。

・便利は怠惰に繋がる的な。ストイックな人間がダメになる(*_*)

・熟成、熟慮、推敲をして世の中に出してしまう前に手を離れてどこかに消える。
・写真を極めてみようと思うとスマホはヤバい。シャッターチャンスをiPhoneが奪う。シャッターチャンスが来たとして、カメラのようなものが手元にありバンバンシャッターらしきものが切れると、写真らしきものがたくさんメモリーされるが、果たして写真としての訴求力は?何がよかったのかさえ後からはわからなくなったりする訳で。
・文章も思いつきも拡散し誰の思考かわからなくなる。
・TwitterやFacebookなど行き過ぎると人付き合いが時折煩わしくなる。
・アラームがメタドラの到来を知らせる。
・パズドラが隙間の時間を食べ尽くす。
・キンドルが読みかけの本をプッシュしてくる。
・キンドルが小銭を吸い上げる
・通信費と機種代が一年に10万円くらいになる。

●便利だったとことして
・スケジュール管理
・地図検索
・ウマイ飯屋のネットでの情報収集
・音楽の購入とプレイ
・Google検索
・行きつけのニュースブログ閲覧
・クリップレベルのカメラ
・ボイスメモが必要なときにとれる
・キンドルの本が買いやすい。
・出先でペーパーホワイトがないときにキンドルの読みかけの本を読むことができる。
・家にかえってベッドに直行したいときライトが便利。
・探しもののときライトが便利。
・意外と計算機が便利。
 

等々

ツールとしてのスマホやiPhoneは素敵だが、もの作りを本気でとりくみたいならiPhoneの画面やiPadminiの画面では到底小さく、それは紛い物的な不幸の連鎖を生むものかと思うところ。

この先色々考えてはいるが、中々有意義な時間では有るなと思った。

都会とそれ以外を測るバロメーター

あなたの家の近くにコンビニはあるだろう。

自分の家が都会にあるかどうかの境目は意外とわかりずらいがちょっとした指標をおいておく。

それはコンビニの前にあるゴミ箱のこと。

コンビニで扱った商品から出るゴミ屑の受け入れ先、コンビニのゴミ箱。

空き缶や空きビンのゴミ箱や返却箱なら気の聞いた商店の軒先にはゴミ箱も有ったはずだけど、1980年代に登場したコンビニがはじめて打ち出したセンセーショナルなサービスは必ず店先に設置されるゴミ箱とコンビニおにぎり、そして雑誌に有ったのだと思う。

で、そのゴミ箱に少し変化が起きている。
それはゴミ箱が置かれる場所だ。
ゴミ箱が店の中にある店は都会の店。
ゴミ箱が店の外にある場合はそれ以外の場所といった感じかと。

アルミ缶や本の収集を生業にする輩が徘徊したり、通り掛かるひとが多すぎてゴミ箱の量が半端ない場合、仕方なくコンビニのサービスの機能保全の目的でゴミ箱を店内入り口付近などに入れてしまう。

サービスを提供する相手は店内に入った客のみといったスタンスだ。

その辺りのコントロールはオーナーの意向もあるが、意外とエリアで徹底されている。

だもんで、手にした紙屑など捨てるのに困った場所があれならそれは都会な気がする。

仕方ない、PBブランドの烏龍茶でも買いつつゴミを手放すのがその界隈のルールなんだろう。

暮らしに仕掛けをつくる

ライフハックなんて言葉があるけど
暮らしの中に仕掛を作って回すと良いですよね。

日常なんてのは煩いものは対応しづらいし、なかなかハックでどうにかなんて成らない部分がある。

かといって日常こそロスが起きる原因をつくりがちだし
日常こそ反復的な取り組みがしやすいもの。

日常の反復を続けるのはチリツモ的な成果にしかならないが
例えば、チリツモで差がつく部分も有ったりする。

いまが良ければ他はどうでも。なんて考えのひとはさすがに今はいないが色々考えて癖をつけていくのは悪いことじゃないかなとも。

たまにそういった取り組みを書き記していこうと思う。

iPhoneがアクティベーションしろと叫ぶ

接触不良かなにか、
原因不明なままiPhoneが「アクティベーションしてください」と。
auにお金は払ってるしauとアンテナピクトも立っている。
気になる点としてはSIMを一度抜いて指し直したらアンテナピクトは立ったものの3Gとだけ表示されるようになったことか。
iCloudのパスワードを破られていないか確認もしたが問題なし。
念のためパスワードを変更しておく。
この感じだとauショップかアップルストアに持ち込むしかないような…。
今月で僕のiPhone4Sは使用から丸二年。
微妙なタイミングで事件は起きるものだな。

明日は

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明日は年に一度の水泳大会なのだが、
そんなことより仮面ライダー鎧武が始まるぜ!
フォーゼ以来の面白ライダーっぽい感じなので楽しみですね〜

イチゴライダーとかでるのかな?

ガリガリくん

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ガリガリくんのゆずを食べてたら当たりがでた(^-^)/

すかさずセブンイレブンへ。

ゆず2本は辛いから青いのをオーダー

コンビニのお兄ちゃんちょっと処理に戸惑いつつ。

そして2本目のガリガリくんを電車待ちに食べ中。

明日は水泳大会だし、この青いので当たりがでたら自重しよう。

なんか良い休日だね。

大学に来てる。

既に入学から20年近く経っているが、大学しかないような町の町並みはあまり変わることもないようで。
変わったのはみんなiPhoneを持ってることかな?

少しばかりノスタルジーに浸るとしよう。

ラーメンをすするところから文化について考える。

ラーメンをすする。

「ズズズズズ〜」

映画『たんぽぽ』でイタリア人がパスタをすすっていた

「ズズズズズ〜」

ウマイと思える食べ方はすする方にあるかも知れないが、なんだかなと興ざめした覚えがある。

中国人が僕ら日本人のラーメンをすするのをみて
「日本人は色々洗練されてるけれど、麺を食べる食べ方は農民みたいな食べ方をするのね」
と残念そうな表情を浮かべる。
(農民の食いかたを見て真似たのか?)

また、日本では茶碗を持ってご飯をたべる。
左手にお茶碗、右手にお箸の幸せ。

日本近隣の某国では器を持つのは行儀が悪いらしく、銀器を食卓に置き犬食いをする。

おそらくラーメンをすするのも、某国の犬食いも、文化を持ち込んだ国が仕組んだブービートラップなのだろうと時折思う。

どんなに頑張っても文化的に輸入元を上回ることが無いように巧妙に仕掛けられた4000年の伝統を持つトラップという置き土産。

あまり良い気分はしないが
ラーメンをすするのはウマイから仕方がない。
また、コピーキャットを良しとする文化においては
色々勉強になるな。

「水曜どうでしょう」と「おにぎりあたためますか」を見比べ藤村D をヨイショしてみた

「水曜どうでしょう」をまとめて見る機会があり大泉洋が騙されて旅にでる番組がもっと見たくなり同じHTBの「おにぎりあたためますか」を見ることにした。

なんだ、この違和感!?

「おにぎり」は「水曜どうでしょう」の価値を再認識させる意味でも、藤村ディレクターの勘所の良さ、プロデュース力についてを感じさせる意味でも見て良かった。
思えば「アンモナイトな夜」辺りで収集つかなかった感もありながらだから、とても藤村ディレクターも褒められたものではないけど、旅番組にぶち当たったのと、大泉洋の食べる姿が絵にならないことを早い段階で見抜いたのは中々のディレクター判断だと思う。
(運もあるけど藤村ディレクターが良いのは間違いない。)

食べるのはミスターこと鈴井さんが甘いものを嫌々食べるに留め、大泉洋のボヤきと4人の空気感を絶妙の編集捌きでお茶の間にお届けする。
「水曜どうでしょう」は凄い番組だし売れる訳だ。

沖縄の漁港で深夜ひとりで展開する寝釣りコールだなんて良く絵が持ったもんだと驚嘆さえできてしまう。
(名古屋っぽい絡み付く感じ?)

「おにぎり」は「旅と言えば大泉さん」ということで話が始まったのか、「ウマイもん食べて温泉とか名所とか色んなとこ行きたい。そうすれば番組になるよ〜」と、大泉さんサイドが持ち込んだのか僕は知れないのだけれども、とにかく大泉洋やメンバーの持ち味が活かされてない。

しかも見た放送回が悪いのか、出演者のコメントが「うまい」「うまい」しか言ってなくて阿藤海など先人が築き上げた芸も持ち込まなければ、大泉洋の持ち味である間を活かすための(既に同局では誰も頭が上がらないだろうが敢えて突っ込む)決死の突っ込みが無いわけで、スムーズな段取りと無難な時間しか回さないVTR、さらに無難な編集で地方ローカルな感じに留まってしまったのでしょう。
(大泉洋を接待する番組ならそれに徹して天狗になる大泉洋が見れるってだけでも良かったかもしれない)

「おにぎり」を見るなら他局の「ブギウギ専務」を見た方が努力とモヤモヤ感が味わえて良いかも知れない。
あちらはあちらで男所帯の面白さはなく「水曜どうでしょう」の背中とか「サクサク」的な幻影を見てなんとかしようともがく感じがキツイとこもあるんだけど、そのローカル番組ならではの努力はアリだな〜とも思える訳で。
「水曜どうでしょう」の恐ろしさを改めて痛感した次第。